更年期 - 2012.03.12 Mon
更年期って 自分には ずっと ずぅーっと先の話だと
思っていたけど
3年程前から もしかして 更年期? と
感じられる症状があり。。。
ちょうど 義理父母と暮らし始めて 少し経った頃
義理父が 亡くなった後から その症状は 始まった。
2年弱続いてから 意を決して
婦人科の扉を叩いた。
先生から
「おそらく更年期の症状だね・・・でも少しまだ早いなぁ〜
ホルモン治療をしましょうか〜」
と言われた。
「通常目安としては 50歳前後に 更年期を迎えるんだけど
あまり早いと 動脈硬化や骨粗鬆症を招くこともあるから・・・」
「ストレスが原因となることもあるから・・・義理のお母さんとの暮らしの影響も
あるのかな・・・?」
少し早めであっても 迎えてしまったものは仕方ない。
ストレスがあるのは自覚があるけど
だからといって生活を変えることもできない。
義理母との生活も ちょっぴり早い更年期も
受け止めるしか ないのだけど
ただ、別の病気を招く恐れがある・・・ というのは
できれば 避けたい。
ホルモン治療をやってみることに・・・。
ホルモン治療
パッチと飲み薬だけなんだけど
3ヶ月続けても はっきりとした効果があったのは
ホットフラッシュ(のぼせ ほてり)のみ。
時々襲ってくる ホットフラッシュには 効果絶大で
全くなくなった。
しかし 治療を続けていくうちに
何だか 身体に 無理やりなことをしているような気持ちになった。
動脈硬化になるのは 避けたい。
でもホルモン治療にも
減ってしまった女性ホルモン(エストロゲンと黄体ホルモン)を
補充することによる リスクがあることを
他の医者から 耳にしたことがあった。
ホルモン治療をするべきかどうか・・・
どれが正解かは 分からないけど
治療するのが ベストかどうかも 分からない。
だとしたら
私は 自分の身体に起きたことに対して
病気でもない限り 無理やりなことをするのは
避けたい と思った。
〜 更年期障害 〜
避けて通れたら それが 一番いいのだけれど
私の身体が 何か 変化しようとしているのなら
それも 受け止め 受け入れて
自然のままでいこう と決めた。
まさか40歳前半で 更年期を迎えてしまうとは
自分でも驚きだけど・・・^^;
気分に ムラがあり
行動的になれるときもあれば 人と会うのも嫌で インドアばかりに
なってしまう時もある。
調子が悪い時は 何もしたくなくなる。
不眠症かのように眠れず
眠くなるのは 決まって 夜が明けて
お日様が 完全に 昇ってから・・・
なんて日が 連日続く日もある。
調子が悪い日は
「そんな日もあるさ」 「続いたっていつか 治るさ」 と
受け止めるようにしてみた。
思い詰めず それも私 と 受け止めるようにした。
眠れなくても 眠くなったら寝ればいい♪
と 思うようにしたら だんだん調子が良くなった。
楽観的に 考えることも 大切なんだ って 実感中。。
余談ですが・・・
明日から1泊で 大阪に。
ユニバーサルスタジオジャパンで いい年した夫婦二人で
楽しんできます☆
*-+-*-+-* Thank you for seeing my blog
*-+-*-+-*

2011年 - 2011.12.31 Sat
今年も 残り僅か・・・。
毎年の事ですが 本当に あっという間の 一年でした。
夏場は blogの方も 猛暑で 中だるみがあったものの
私にしては blogも よく続いた方だと 思います。
自画自賛で 恐縮です^^;
今年は どんな一年だったか・・・。
息子たちに いろいろな 難関がふりかかったり 問題が 発生したり・・・
と いろいろな局面に遭遇したものの
家族みんな 健康には 問題なく
2011年を締めくくろうと していることに 感謝です。
〜 私個人としては 〜
今年は チャレンジの年でも ありました。
年頭に そう決めていたわけではなく 結果的に そうなっただけなのですが
親友のおかげだと 思っています
義母の介護のため 家にばかりいた私を
「クラフト教室 やってみない?」
と 誘ってくれ
クラフト教室に参加するようになり・・・
そして
その親友に 編み物を 習ったり。
それをきっかけとして
いろんなことに 刺激を 受けるようになり
ネットで 見つけたリメイクや 手芸にも
どんどん興味を 持てるようになった気がしています。
去年までは ココロに 響かなかったことに 今年はチャレンジできたこと・・・
これは本当に 親友のおかげです。
Nちゃん いつも ありがとう。 感謝しています
と・・・
ここに書いても 親友は このblogを 見ていないんですけどね^^;
見ていないからこそ 書けることなのかもしれない。
お互いの時間を作っては 会って話して 笑って・・・
だから 互いのblogは ノータッチ♪
さて 来年も ガーデニングに クラフト教室に 手芸に・・・。
意欲的に 頑張っていきたいと 思います。
2012年も 素敵な 一年で ありますように。
そして
今年 私のblogを 目にしてくださった方々
どうも ありがとう。
ガーデニング,草花を通しても 素敵な出会いがありました。
そんな方々との出会いにも 感謝しています。
どうも ありがとう。
来年も また 宜しくお願い致します。
気まぐれblogなので いつ パタっとお休みしてしまうかもしれませんが
長い目で 見て頂けると 有難いです。
一年間 有難うございました。
良いお年を お迎え下さい。。。
来年も 素敵な 一年になるよう 楽しんで過ごしていきましょう♪
You One great year Thank you,
also next year I would appreciate your favor

脳内妄想 - 2011.10.31 Mon
ガーデニングは
私の毎日のストレス発散と癒し。
嫌な事があって うさうさとしたココロであっても
庭で何かやってると スーっと気持ちが落ち着く。
以前にも書いたが 庭で過ごす時間は
草花の事を考えたり
色の組み合わせや 草丈の合わせなどを考え
植えなおしや 雑草を無心で 取ったりしながら
ふと気付くと
昨日の出来事や 数年前の出来事を思い出していたり
過去の自分を振り返っていたり 将来のことを 考えていたり・・・
はたまた 私の周りの人のことを 考えていたり
それは
本当に無意識に・・・
ふと気付くと 庭以外の事を頭に巡らせ
没頭していたりする。
最近
夫が もっとガーデニング好きな人であれば どうだっただろう・・・
と 考えていた。
パーゴラをDIYしてくれたり バラの誘引作業を 率先してやってくれたり
草花を もっと 愛でてくれたりしたんだろうか?
季節ごとに その感動を 一緒に 味わえたんだろうか・・・
なんて くだらない事を 悶々と 考えている自分に 気付いた。
現実の夫は 私が ガーデニング好きということを
十分に理解し その時間を大切に 考えていてくれるし
買い物などにも付き合ってくれる。
桜の季節になれば お花見にも行く。
バラ園だとか クレマチスを見に行ったり
紅葉の季節には 山々へ出かけたりもしてくれるが
『この花 家の庭にも 咲いてるね』
という問いかけには 大抵
『え!? そ・・・ そう・・・ だよね!』
のような
本当は全然知らないんだけど ちょっと焦ってみたり・・・。(笑
そんな夫ではあっても 私の趣味に対して 理解を持ってくれる部分に
とても 感謝しているのだけれど
家の敷地から はみ出した草花は お隣りさんに 迷惑だからと
ボキっと折ってしまったり。。
それが 今年出た大切な大切な バラのシュートであたっとしても。
私が大切にしている ガーデニング雑貨などは
無造作に歩いたばかりに
蹴ってしまって 割れてしまったことも 多々・・・
ガーデニングを 私と同じぐらい好きで
一緒に ガーデニングを楽しめる夫であったなら・・・
と 考えてみたが
きっと 私の理想とする庭と 夫の理想とする庭
意見がぶつかったり お互い譲ったりしながらのガーデニングに
なるんだろうな〜 という考えに 落ち着いた。
だとしたら・・・
今
私は 自分のしたいことを 自由に 庭で 楽しみ
好きなバラを植え 好きな草花を 買って
好きな位置に 植え付け 楽しめてるって
凄く幸せな ことなのかも。。。
と 思えてきた。
ガーデニングが 趣味でもないのに
好きなように 花を買わせてくれて
庭を自由にさせてくれる。
私の趣味に 理解を示し
その時間も 大切に 考えてくれるだけで
充分。。
結局のところ
お姑さんとの生活や介護で 悶々とすることがあっても
きっと 私は
ガーデニングをすることによって
かなり 救われているんだな〜 って 実感したり。
それは 夫の理解があってこそなんだな〜 って。
自己満足な blog となりましたが
そんな考えに 落ち着いた日でした・・・。
*-+-*-+-* Thank you for seeing my blog
*-+-*-+-*

心のホンネ - 2011.06.13 Mon
時々…いろんな事に対するやる気が、無くなってしまうときがある。
それは、日常のストレスだったり、ホルモンのバランスが崩れているせいだったり
持病の偏頭痛のせいだったり・・・
何か不安があったりと、精神的なものが大きいというのは否めない。
そうなった時、私は自分の好きな事に許される範囲で没頭する。
それが大半はガーデニングであったりするのだけれど。。。
今回は携帯のゲームにハマっていた。
〜 怪盗ロワイヤル 〜
ゲームでは『イベント』と称したものが、イベントではなくほぼ日常で
開催されているのだが、ここのところ、少し志向の変わったイベントが開催され
最初は参加はスルーでいこうと思っていたが
少しやってみたらかなり面白く、すっかり夢中になってしまった。
でも、こうして何かに夢中になる時
その裏側には決まって何か問題がある。
その問題というのは、他人からしたらさして問題とは思えないような
ちっぽけな事なんだろうと思う。
しかし、自分の中ではその小さな問題(ストレス)がふつふつと米粒ほどの大きさから
だんだんと膨らみ始め、それが大きくなった時に
自分の意識以外のところで、強い拒否反応を示す結果が
他の何かに没頭する・・・ということなんだろうと思う。
例えば・・・
家族と一緒に暮らしていながら
やる気が起きないから という理由で、食事を作らないという訳にはいかない。
繰り返しになるが、洗濯しない、掃除しない、夫のワイシャツにアイロンをかけない
という訳にはいかないし
もし仮に日常の家事ができない状態になったら
これは所謂、『鬱病』あるいは何らかの『精神的疾患』に罹った時だと思っている。
防衛本能か何か、分からないけれど、そういった状態に陥らないために
自分を守る防護策を自分で自然にやってしまっているのだと思う。
こうなってくると、家事はやらない訳にはいかないけれど
それ以外の部分のどこかを拒否してしまう所がある。
家族以外との接触・・・。
人として生きている以上、人と接することなく生きていくことは不可能だけど
必要以外は人と接触することが疎ましくなることがある。
自分の興味あることに異常に没頭し、人との接触がとても疎ましくなってるな
と思った時、あ・・・私、今、強いストレスを感じてるんだな・・・と気付く。
これは数年前、
夫の両親、つまり義父、義母が我が家に来て暮らし始めた時から。
義父は・・・とてもいい人で、私も大好きだった。
残念ながら、一緒に暮らし始めてわずか7ヶ月・・・肺ガンで亡くなってしまったけれど
その7ヶ月は義父を更に好きになる出来事ばかりだった。
そして貴重な7ヶ月という時間を義父と一つ屋根の下で共有できたことは
今も大切な思い出であり、時々思い出しては笑顔になれる。
義母は、73歳の時脳梗塞を患い、それから3回ほど同じ病気で入院した。
今は、身体の左半分が不随で、足だけは何とか動き、歩けるので
トイレだけは自分でできる。
一日の大半をベッドでTVを観て過ごしている。
この義母とは喧嘩もなく、はたから見ればとてもうまくいってる嫁、姑に見えるだろう・・・。
だけど、私は正直、好きになれない。
ウマが合わないというか・・・
悪気はないのだけど勘に触ることを言う・・・というか。
空気をよめない人というか・・・。
一緒に暮らし始めた時、78歳だった義母は、来月で83歳になる。
痴呆も少し始まり、何を言っても覚えていない。
毎回同じことを何度も聞くので、こちらは応えなくてはならない。
元気な頃の義母と接していた時は、
何だか苦手だな・・・というぐらいにしか感じていなかった。
それは俗に言う、「嫁と姑」という立場からの苦手意識だと思っていたが
一緒に暮らし始めて分かったのは、義母のことを好きになれない。。。という現実。
元々、嫌いだったということ・・・。
イラっとすることを言われたりしても、相手に悪気がないため
こちらは言い返したり、文句も言えない。
夫は「何を言っても覚えていないからストレスを溜め込まないように言いたいことを
言っていいんだよ?」というが、老いた弱者の義母に強く言うことができない。
よく夫婦が冷めると、自分の夫の箸の上げ下げまでも嫌いになるというが
今の私にとって、姑の一挙手一投足がその状態にまでなっている。
毎日、姑の杖をつく音が聞こえるだけでイライラする。。。
声が聞こえるだけでイライラする。。。
でも夫と息子たちは私の宝物。
大好きな家族の前では、できるだけ笑顔でありたいと思う。
このココロの現実と実生活のギャップに
ストレスが生まれるのかもしれない…。
最近はアロマオイルの香りでリラックスしたり
寝る時はヒーリングリラクゼーションの音楽を聴いて
心を落ち着けようと試みている・・・。
夫はいつも私に、感謝してくれている。
私も理解ある夫に感謝している。
それでも、私の中のストレスは消えない。。。
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*読んでいて気分を害されるような内容表現があったかもしれません。
*気分をこわされた方にはお詫び申し上げます。
*ただ キレイ事ばかりではなく自分のその時々のホンネも
*ここには記しておきたいため、ご了承くださいませ...
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*-+-*-+-* つたないブログ 見てくださって ありがとう *-+-*-+-*

親友の定義 - 2010.06.09 Wed

小学生の頃、気が付くとグループの中心人物になっていた。
いつも自分の周りには、友達がいて...いわゆる‘しきり屋さん’のような位置。
修学旅行の時、別グループのリーダ的存在のある女の子に
「結局ここでも、○○ちゃん(私)が頭領か…」と言われ嫌な思いをした。
一人っ子だった私はとても寂しがりやで、友人に囲まれているのがとても心地よかったのだが
その頃から、中心人物でいたくない と思うようになったように思う。
中学生ぐらいから、女の子は少人数で行動するようになる。
親友と呼べる人数は2.3人に絞られてくる。
親に話せないようなことも、親友になら話すことができる、信頼できる友人。
高校や大学、専門学校では信頼できる人と社交的にそつなく付き合う友人と分け始める。
社交的に付き合うことが、社会で生きていくうえで大切な事でもある事を学び始める。
学業を終え、就職し、社会人となると好き嫌い関係なく職場では付き合っていかなくてはいけなくなる。
もちろん、職場で親友と呼べる人との出会いがあれば、それが望ましい。
が、私の場合、学生時代の親友ほど職場では信頼できる友人には巡り合わなかった。

そして、結婚。
既婚後、妻となり母となり社会から離れての生活となると出会いは
子供を通じての母親同士の付き合いが主となってくる。
個人としての○○さんではなく、○○くんのお母さん…としての付き合い。
お互い家族もあり、話す内容、自分の言動はすべて夫にも影響する。
そうなると、当たり障りのないような話しかできなくなる。(ような気がする)
学生時代のように、開けっぴろげな話はなかなかできない。
学生時代の友人もそれぞれ、結婚のタイミングや子供の年齢、生活もさまざまで
それにより、連絡を取り合って会っていたのは結婚後何年までだっただろう...。
そんな中、私は偶然一人の友人と出逢った。
その友人とは、当時スーパー銭湯に行くのがマイブームで‘サウナ’目当てに毎日のように行き
そこで出会った友人だ。
後になって、長男同士が同い年で同じ小学校。 しかも住まいもごく近所だという事を知る。
出会いが子供を通してではなく、また夫同士も関係なく、個人として出会ったためか
意気投合してからはみるみるうちに親交が深まり、その後は
子供同士も、そして家族ぐるみで交流したりしながら、かれこれもう10年ぐらい友情が続いている。
その彼女には、何でも話せる。
学生時代のように、開けっぴろげに本音で話せる。
時には眉にしわを寄せたくなるような話もあったかもしれないが、彼女は聞いてくれるし
率直な意見を述べてくれる。

彼女が一度、重い病気になり急遽入院したことがあった。
私は毎日、彼女の病室に行った。
今日は忙しくて...という日は暗くなってからでも病室に会いに行った。
入院している間はずっと。
辛いことがあれば、何でも力になりたいと思う。 できることとできないことはあるとは思うが
彼女の辛い顔は見たくないし、彼女の幸せは心から願う。
友人とは...或いは親友とは...
多少の犠牲を払ってでも、その友人のために動ける人、だと思う。
相手のマイナスな部分も理解できる人、またはそこまでも含めてその人を認めることができる人
性格や育った環境、いろいろと違うことはあっても...。
それが親友だと最近思った。 そんな人はそうたくさんはいない。
学生時代、親友だった友人も、今はそこまでの友人だろうか...とふと考えた。
既婚後、一時期アルバイトでスイミングに勤めたことがある。
そのインストラクター仲間に
「○○さん(私)って、すっごい打ち解けて心開いてるように見えるけど実は、壁があって
その壁をなっかなか低くしてくれないよね」っと
ズバっと言われハっとしたことがある。
そうなのだ。
私はそつなく友人として付き合っててもなかなか壁を取っ払っていなかったりする。

性格的なものもあるとは思うが…
広く浅く社交的に友人がたくさんいる、というのもそれはそれでステキな事だと思う。
ただ私の場合、そつなくお付き合いはできるものの
社交的とは決して言いがたい性格なためか
‘広く浅く多い友人’ より ‘狭いが深く話せる少数の友人’ の方になっている。
何でも話せる相手だった友人と、今でも電話で話したりはするが
何でも全て話したりはしていない。
何でも話す友人は、気付けば私にはたった一人となっている。
近所に住んでいる彼女だ。
それでも、全てを話せる友人がいることが、私にはとっても幸せな事に思う。
*-+-*-+-* つたないブログ 読んでくださって ありがとう *-+-*-+-*
